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「生」。

今年という1年を「1文字」でなんて表せない気がするけど。
ということで、当てはまりそうな文字でちょっと振り返ります。
長文、お許しくださいませ。

***

「灯」

震災が起き、すべてをいきなり失ってしまった地域では
灯りをともすこともままなりませんでした。
真っ暗になった夜空には怖いほどの星が瞬き、月が輝いていました。
TKY201107070153_20111229075833.jpg
震災から数日後、「スーパームーン」という現象が起き
月は普段より3割増しの大きさになっていました。
fdfead09.jpg
月のこの現象はこの地震には無関係だ、と専門家は言っていましたが
あの震災の後ではどうしても関係あると思いたくなっていました。
「原因」を探したかったのかもしれません。
そんなの、誰にもわからないのに。

そして福島の原発事故。
この震災後から「電気が通っている事は当たり前の事ではない」
ということを考えるようになりました。

「『当たり前』を『ありがとう』に変えながら 生きている自分を思うだけで
 僕の目の前の暗い世界が 少しだけ優しく明るくなるような気がするんだ」

震災後に出た槇原さんの歌が心に沁みました。

電気の「灯」はなかったけれど、そこに確かに心の「灯」が灯っていた。
そう感じます。

***

「縁」

家族と一瞬で連絡が取れなくなった震災。
どんなに泣いてもわめいても、電話は不通のまま…
テレビでは実家の近くまで押し寄せそうな黒い黒い波の映像。

恐怖の中で必死に糸を探り、家族を見つけた時の安堵感は忘れられません。
妹が震災までの半年くらいで懇意になった方のブログをたどり、
無事を確認しては書き込み、メールをし…
そのメールさえ、充電できない携帯はどんどん使えなくなってゆき。

それでも「生きてる」事を確認できたのは、「縁」のおかげだと思います。
妹が周りの人と紡いできた「ご縁」。
これのおかげで、妹と母は救われた!と本当に思っています。
皆さん、あの時は本当にお世話になりました。ありがとうございます。

***

「祈」

家族の無事を確認してからは、必死に「祈る」毎日でした。
鎮魂を。友達やその家族の無事を。早いライフラインの復旧を。

110502_221147.jpg

毎日、祈りながら自分にできることを必死で探していました。
WEBにしかいられない。WEBでしかできない。
現地ではそのWEBさえ繋ぐ事ができない。

情報をとって流す。それだけでしたが…必死にやってました。
kamei2.jpg
ガソリンの供給がうまくいかなかった頃は、毎日必死でGSの
開店情報等をツイッターでmixiで、発信してました。

ツイッターでは行方不明になっていた友達の家族も見つかりました。
安否確認タグで書き込んだ後、すぐに返信があった時のあの感動。
確認が取れて、友達はガソリンを必死で手に入れ、家族を迎えに行けました。
WEBには力がある!と元気づけられた出来事でした。

そして毎日、全国から集まってくれた皆さんの力で、少しずつ、
ひとつずつ復旧していくガスや電気の復旧状況や情報。
そのすべてに「ありがとう」と感謝をし続けていました。
ガソリンを運んでくれたタンカーに。
タンカーを接岸できるように港を復旧してくれた人たちに。

皆が「誰かのために」を意識して「働いて」いた時間だった…と思います。
それは「祈り」に似ていた。と感じます。

***

当地は「復興」とはほど遠い現状です。
RY-名取 (4)
全国の皆さんの協力で、このがれきはなくなってきましたが
残された土地を今はどうすることもできません。
013 (3)
からっぽになった土地は、からっぽのまま…今に至ります。
津波が来るとわかった地域を、そのまま「復興」することは
できないのです。

行政の対応を待つのが、どのくらいの期間になるかもわかりません。
このからっぽになってしまった土地が、どうなるかもまだ…。
息の長い支援が本当に本当に必要だ。と感じます。

個人的には。

免許を取ってから、ドライブが趣味になりました。
休みの日や夜に、田んぼの中の道をのんびり走って風景を楽しみながら
空港に向かい、お気に入りの公園で飛行機の離着陸を見たりしました。

おいしいご飯を食べに、妹に福島に連れてってもらったりもしました。
漁港近くのお店で食べた刺身定食、本当に本当にとてもおいしかった。

県南のイチゴ農家のイチゴが好きでした。甘酸っぱくて味が濃くて。
春には毎年食べたい!と思うイチゴでした。

お魚を買いに行った魚市場。
友達と遊覧船に乗った観光桟橋。島に渡る長い橋。
うに丼を食べた石巻のお店。
海鮮定食がおいしかった女川のお店。
妊娠中で入れなかった鳥の海の温泉…いつか入ろうと思ってたのに。

 全部、全部。なくなっちゃったな…。

今は、それが哀しいです。それだけなのかもしれない。
立ち直れるのなんて、ずっとずっと先になるでしょう。
それでも。私は生きてるから、進んでいかないと。

「また今度」はなくなってしまったから
「はじめまして」から始めていかないと。

今年は「生きている」というより「生かされている」ことを
実感した年になりました。
来年は「どう活かしていくか」を考える年にしたいと思ってます。

どうぞみなさん、よいお年をお迎えください。
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2011'12'29'Thu 10:38

ほんと

みっちょんさんのブログに助けられたよね。
いろいろな生活情報の発信、ほんと助かりました。

まだまだこれからだよね。
チャリティコンサートもお疲れ様でした~<(_ _)>

2011'12'29'Thu 11:16

・zep

皆が繋がっててくれて本当によかったよ~
Maxヽ(´ω`*)人(*´ω`)ノナカマさまさま!だった(´;ω;`)

沖縄からソーキ送ってもらったり、色々やったねぇ…
あの気持ちは忘れられないものになりました。

うん、本当に「これから」だよね。
出来る事をやっていかねば(*´Д`)ノ
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